スタッフ紹介

kako
整体師 佐藤政一1980.2月生まれ
生粋の秋田県民です。今は秋田市ですが実家は河辺の山奥の方です。 
2歳の時に牛乳瓶を割ったところに転倒、5歳の時自家用車を従弟と動かして車が横転し頭部に小さな傷が2ヶ所、と多感な幼少期を過ごす(笑)頭の傷は今も残ってます(^_^;) 夏は川で河童の如く泳ぎ、冬はスキーやソリ滑りなどをして遊ぶ毎日。人家の敷地の池の鯉を勝手に釣って学校の先生と親に怒られたりとアホなところは今も変わってません(笑) 
割と活動的だったためか、足首の捻挫と両肩の脱臼が小学校低学年くらいまでよくありました。その為、近所の骨接ぎのおばあちゃんによくお世話になっていました。その頃から割と「こういう仕事って格好いいな~」と思ってました。 
中学の頃友人の紹介でカイロプラクティックを初めて受けました。特にドコか痛くてというわけではありませんでしたが興味があって(笑) 
感想は「ボキって鳴って気持ちいい!」くらいだったと思います。劇的に何かが変わったわけではありませんでしたが(^_^;)背骨を矯正されることと音のインパクトで何だかカッコイイ~!と思いまいした(笑) 当時は接骨院もカイロも同じだと思っていたので「いつかはできたらいいね」くらいでした(笑) 
高校卒業後は車好きだったとか、色々興味があってガソリンスタンドに入社しました。
危険物の免許を取ったりと真面目に勤務してましたが2年半ほど勤務しましたが人生について考えはじめ、かねてより興味があった道へ進んでみるか?と思い立ち退社しました(笑)
秋田県内の学校ではなく、宮城県仙台市に移住し東京カイロプラクティックカレッジ仙台校(夜間部)へ入学。在学中昼は飲食店へ食肉を卸す食肉加工の会社でバイトをしていました。解剖学の役に立ったかは分かりませんが(笑)貴重な経験でした。バイトの作業では重たい食肉運搬用かごを挙げ下げして度々腰痛に・・・夜に学校へ行き、施術を受けて(笑)そんな日々でした。

インターンが始まるとバイトの時間と兼ね合いが合わず、大手居酒屋の仕込みのバイトをはじめ、バイトでは鬼軍曹にメッチャしごかれ、インターンでは同期に助けられ何とか過ごすことができました。

ka

2年制専門校を卒業後、付属のカイロプラクティック院に就職し施術の基礎を学びました。同時に学院付属だったため講師アシスタントも務めさせていただき、朝から晩までカイロ漬けの充実した日々を過ごしました。授業ではあまり扱わないテクニックであったり、業界全体の仕組みやこれまでの流れなどカイロプラクティック業界の面白さと同時にう~ん(-_-;)な部分も見ることができました。

学校と治療院の業務を掛け持つため1ヶ月のうち休日が1~2日、残業手当など無し(当時は)という今考えると結構な激務でしたが、本当に苦痛はなかったです(^^)周りのスタッフや学生の皆の協力のおかげ、そして若さ(笑)だったと思います。学校運営と治療院経営と両方の仕事に触れることができたお陰で今があると思っています。本当にありがたいですm(_ _)mよく食ったし、よく飲んだし、よく笑ったしで仙台には楽しい思い出しかありません(笑)今でもたまに訪れると「またいつか住みたいな~」と思ってしまいます。

その頃お世話になった先輩方、友人、後輩などは今でも親しくさせていただいてます。あの頃仙台で過ごした時間はかけがえの無いものだと今でも感謝しています(T_T)

ima

2004年 結婚を機に秋田へ戻り、カイロプラクティック院「極楽整体院 くらーくす」をオープンしました。2008年頃から、それまで身体をほぐす「ほぐし療法」と「カイロプラクティック」で施術を行なっていたものの、もっと本質的な施術に興味が出てきました。そのためカイロの枠を超えて様々な勉強会に参加しました。

そんな中で現在は日本古来から伝承されている療法を学ばせて頂いてます。お邪魔する各種勉強会などでも素晴らしい出会いに恵まれ、自分はつくづく運がいいと思っています(^_^)

2013年 名称を極楽整体院から整体院フィットにリニューアルし、現在に至ります。